2014年4月21日月曜日

映画『グッドウィルハンティング』のセリフから

翻訳をするのは、俳優が演技をするのに似ているんじゃないか、と思うことがあります。目の前にあるスクリプト(=原文)の語りにじっと耳を澄ませて、それを自分の声で語り直す。俳優さんは音でそれを語り直すのでしょうが、翻訳は別の言語でそれを語り直します。

映画『グッドウィルハンティング』は私の大好きな映画の1つですが、ロビン・ウィリアムス扮するショーンがマット・デイモン扮するウィルに語りかける印象的なシーンがあります。長いセリフですが長さを感じさせず、大変な説得力を持って心に届いてくる。このロビン・ウィリアムスの名演に触発されて、是非、この言葉を語り直してみたい、という衝動にかられました。もう20年近く前の映画で、DVDの吹き替えはもちろん、日本語版のスクリプト等、ありとあらゆる(すばらしい)翻訳をどこででも目にすることができるような現在、無謀な挑戦なのは百も承知なのですが。
           
        
"So, if I asked you about art, you'd probably give me the skinny on every art book ever written. Michelangelo. You know a lot about him. Life's work, political aspirations, him and the pope, sexual orientation, the whole works, right? But I bet you can't tell me what it smells like in the Sistine Chapel. You've never actually stood there and looked up at that beautiful ceiling. Seen that....If I ask you about women, you'd probably give me a syllabus of your personal favorites. You may have even been laid a fewtimes. But you can't tell me what it feels like to wake up next to a woman and feel truly happy. You're a tough kid. I ask you about war, you'd probably uh...throw Shakespeare at me, right? "Once more intothe breach, dear friends." But you've never been near one. You've never held your best friend's head in yourlap, and watched him gasp his last breath looking to you for help. I ask you about love, y'probably quote me a sonnet. But you've never looked at a woman and been totally vulnerable...known someone that could level you with her eyes. Feeling like God put an angel on Earth just for you..who could rescue you from the depths of Hell. And you wouldn't know what it's like to be her angel, n to have that love for her be there forever. Through anything. Through cancer. And you wouldn't know about sleepin' sittin' up in a hospital room for two months, holding her hand because the doctors could see in your eyes that the terms visiting hours don't apply to you. You don't know about real loss, because that only occurs when you love something more than you love yourself. I doubt you've ever dared to love anybody that much. I look at you: I don't see an intelligent, confident man. I see a cocky, scared shitless kid.... "

(アートのことを尋ねたら、君はこれまでに書かれたあらゆる本にあったポイントを教えてくれるだろう。例えば、ミケランジェロ。君はいろんなことを知っている。代表作、政治的野心、ローマ法王との関係、性的嗜好、全作品・・・、そうだろう?でも、システィーナ礼拝堂がどんな匂いがするのかなんて、君はきっと知らないだろう。実際にそこに立って、あの美しい天井を見上げたことはないから。もし女性のことを尋ねたら、好みのタイプを一覧にして教えてくれるかもしれないね。そういう子と何度か寝たことだってあるかもしれない。でも、一人の女性の隣で目を覚まして心から幸せを感じる。それがどういうことかは、わからないだろう。君は強い。戦争のことでも聞いてみよう。するとシェイクスピアの1節でも飛んでくるかもしれないね。「もう一度あの突破口へ突撃だ、諸君」って。でも、君は戦地に近寄ったこともない。一番大切な友の頭をひざに抱いて、君を見つめて助けを求める友が、息を引き取るのを看取ったことなどない。愛について君に尋ねたとしたら、ソネットでも引用してくるかもしれないね。でも、ある一人の女性に対して、自分の何もかもをさらけだしたことがあるだろうか。その目を見ただけでどうしようもなくなる誰かと知り合ったことは。神様が天使を地上に遣わして下さったような気がするんだ。地獄の底から自分を救ってくれるために。そして、わからないだろう。自分が逆にその人の天使になる、ということがどういうことか。その人を思う気持ちをそこに永遠に持ち続けるんだよ。何があっても。がんになっても。2か月もの間、病室で寝起きする。彼女の手を取って。面会時間なんか関係ないと思っているのは、君の眼を見れば、お医者さんもわかってくれる。君には本当の喪失感なんて、わからないはずだ。だって、それは、自分自身を愛するよりももっと、他のものを愛するからこそわかることだからね。誰かをそこまで愛する勇気なんてないだろう。君を見てると、賢いどっしりと自信を備えた大人には見えない。ただ、うぬぼれて気の毒なほど怯えている子どもにしか思えないよ。・・・)
何でも知っていて、頭の切れる天才ウィルは、この映画できら星のごとく登場したハーバード大のマット・デイモンの姿と重なります。彼は弱冠20代にしてこのセリフを書いているわけで、経験はまだ積み重ならない年齢なのに、経験の持つ重みをもうしっかりと理解していて、それをロビン・ウィリアムズと対比してみせるなんてすごい。やっぱりこの方も天才なのでしょう。そして、ロビン・ウィリアムス。このセリフの語りぶりで、彼が役柄だけでなく実際に経験の器を備えた、大きな俳優に他ならないことがわかります。知らない間にどんどん年齢は積みあがっていくようですが、何とか、年齢に応じたしっかりとした経験を、同時に積み重ねていきたいものだと思います。

"Good Will Hunging" (1997, Miramax Films)

2014年3月31日月曜日

リルケからの励ましの言葉

生きていると、これは謎だと思う瞬間はなかなか多くあるもので、困ったものです。わりに頻繁にあるので、もはや、あまり気にならなくなっているほど。私の場合はそうです。ちょっとしたコミュニケーションの齟齬で、「こういう場合はどうするのが正しいのか」と思うようなものから、根本的に生きる姿勢というか態度というか、そういうものが問われるような大きな問題に至るまで、様々あります。その時々で、今後はああしよう、こうしよう、それは、そういうことか、などと思ったりもしますが、それが本当に正しいものかどうか。よくわかりません。

       
"I beg you, to have patience with everything unresolved in your heart and to try to love the questions themselves as if they were locked rooms or books written in a very foreign language. Don’t search for the answers, which could not be given to you now, because you would not be able to live them. And the point is to live everything. Live the questions now. Perhaps then, someday far in the future, you will gradually, without even noticing it, live your way into the answer."                                 (お願いがあります。じっと我慢して、答えがわからないまま、全てを胸にしまっておいてください。そして、わからないことそれ自体を大切にするように心がけてください。まるで鍵がかかって開かない部屋だとか、全く理解できない外国語で書かれた本を持っているんだと思って。答えを見つけようとしなくてもよいのです。どうせすぐには答えを与えてはもらえないはずです。なぜなら、すぐにはその問題を生きることはできないものだから。そう、全てを生きるということが大事なのです。わからない問題を、今、生きてください。たぶんそうしているうちに、ずっと先になっていつか、気づかないままだんだんと、その答えに向かって進んでいることになるでしょう。) 
                                  Rainer Maria Rilke (1903) Letters to a Young Poet(public library

この一節を見つけた時には、何だか嬉しかったし、励まされました。わからないものはわからないままにして、無理に答えを出して筋を通そう、などと思わなくてよいと思うと、ちょっとほっとします。誠実に生きていればそれがいずれ、答えになる・・・。そんなものなのでしょうか。そうだといいな、と思いました。

引用 The quoted part and the book are found in:
Brain Pickings http://www.brainpickings.org/index.php/2012/06/01/rilke-on-questions/

2014年3月17日月曜日

普通の人々

自分の生活が、一遍の映画だったらどうだろう?よくそんなことを考えます。自分の生活なので、主人公はもちろん自分です。通勤のシーンにはどの音楽が一番合うだろうか。春はこの公園の桜並木を散歩するシーンが欲しい。何か大変な問題でも浮上すれば、今、映画はヤマ場に差し掛かっている、と思います。たまに、意地悪なことを考えたり、失言してしまった時には、あーあ、こんなこと言う人は、本当の映画だったら脇役にしかいないな。自分の映画なのに脇役になっちゃったよ、などと思ったりしてしまいます。

実際の映画を考えてみると、出演するのは、全く「普通」ではない、美しく魅力的な俳優の方々なのに、彼らが演じている役割は、多くの場合、私たち「普通の人々」だったりします
。それも、なんだかおかしな気がしますが、結局、普通の人の普通の生活にこそ、大いなるドラマがあるということなのでしょうか。

先日、ツイッターで流れてきた、この写真。NPRのAll Things Considered というニュース番組のディレクターの方だということで、マスコミのお仕事とはいえ裏方の「普通の人」なのですが、この方の様子を見ると、まさに映画のワンシーンを観ているようです。

     Hi everybody, my name is Monika Evstatieva and I am the director of All Things Considered. That simply means I get to conduct the live broadcast from the control room and also pick all the music you hear on the program during All Things Considered.
I select roughly 30 music pieces every day that we call collectively bumper music. Every day I try to match the mood of the stories, making the music a seamless part of the program. It is a tricky business, because I don’t want to make you overly sad, even when our reports are a bit gloomy. Most of the time, I try to make you smile, play a little joke or make you groove.
"The Director’s Cut" is a playlist of songs I am particularly fond of…and I want you to have a chance to hear them for more than 10 seconds at a time. So…Enjoy.
You can listen to “The Director’s Cut” via Spotify and Rdio. 
"I select roughly 30 music pieces every day that we call collectively bumper music. Every day I try to match the mood of the stories, making the music a seamless part of the program. It is a tricky business, because I don’t want to make you overly sad, even when our reports are a bit gloomy. Most of the time, I try to make you smile, play a little joke or make you groove."
 「bumper music(番組の間に流すテーマ曲)とまとめて呼ぶ音楽を、毎日、ざっと30曲ほど選びます。音楽が番組の中の話題をうまくつないで、しかも、取り上げる話題の雰囲気に合うように、毎日、気を配ります。一筋縄でいかない仕事です。ちょっと気が滅入るようなレポートだったとしても、あまりに悲しくならないようにしたいから。ほとんどの場合、聴いている方ににっこりしてもらいたい。ちょっと冗談を言うような感じで、楽しい気持ちになっていただきたいと思いながら選んでいます。」

このディレクターの方のように、誠実で真摯な姿勢で、仕事だけでなく、人生全般のことに、思う存分向き合いたい。引きのアングルで捉えて美しい映像になるように、背筋を伸ばして、自分の映画の主役をはりたい。そう思います。

引用 The quoted part is found in:



2014年3月2日日曜日

アダム・レヴィ―ンのツイートから

アダム・レヴィーン Adam Levine は、アメリカのバンド、マルーン5 Maroon 5 のヴォーカリストで、ウィキペディアによると、「業界随一の色男としても知られており、大勢のハリウッドセレブとの浮名を流している。」だということです。


ツイッターで彼のアカウントをフォローするようになったのは、マルーン5の音楽が好きだから、というのは、もちろんですが、2012年11月の大統領選の頃、彼が明確にオバマ支持を表明していたのが、興味深く思われたから。以来、ずっと彼のフォロワーのままでいます。時々入ってくるツイート、これがなかなかおもしろい。彼が「業界随一の色男」というのも、なんだかわかる気がします。アダム・レヴィ―ンのツイートから、彼の魅力について考えてみることにします。

1:堂々としていて押し出しがいい
6 Dec  "I will never apologize for having opinions." 
「意見があるってことで、謝ったりはしない」 
3 Jan "When someone tells me "grow up" I always answer with, 'why?' "  
「誰かに『大人になれよ』って言われたら、いつもこう答えることにしている。 『どうして?』」
3 Jan  "New Years resolution: be more awesome."      
「新年の抱負:今よりもっとスゴイやつになること」

2:なかなか鋭い洞察力
13 Dec   "The only thing cooler than not liking 'cool music' is not even knowing what 'cool music' is." 
「『カッコイイ音楽』は好きじゃない、というのよりもカッコイイ場合が1つだけあって、それは、どういうのが『カッコイイ音楽』かなんてわからない、っていう時」 
15 Jan   "BE an artist. Don't claim to be one. It just never sounds good. 'I'm an artist.' "  
「アーティストには『なる』ものだ。自分はそうだ、と『言う』ものじゃない。『オレはアーティストだ』と自分で言って、いい感じに聞こえたためしはない」 
31 Jan   "Optimism and delusion are two TOTALLY different things."  
楽観と幻想の2つは、まったく別物だ」
15 Feb   "It seems like life's most poetic moments never occur when you want them to. I guess that's part of what makes them poetic."  
「人生で最高に詩的な瞬間というのは、起こって欲しいと思っても起きるものじゃないみたいだ。そういうところがあるからこそ、詩的なんだろうな」

3:小さな男の子みたいにかわいい
29 Nov "I want a baby tiger."  
「トラの赤ちゃんが欲しい」
26 Feb "I want blueberry pancakes with tons of butter and maple syrup. And I want them NOW."  
「バターとメープルシロップがたっぷりかかった、ブルーペリーパンケーキが食べたい。しかも、今すぐに」

4:謙虚に自分を客観視して、たまに自己嫌悪に陥ったりしている姿が共感を呼ぶ

13 Mar "Why do we idolize celebrities? If you guys knew how lame most of them were you'd be amazed. Myself included. So lame."  
「何で、有名人を崇拝するんだろう?もし、そのほとんどが、どれだけつまらないかわかったら、きっと驚くぜ。自分もその一人だけど。ものすごい退屈なやつだよ。」 
24 Sep "by the way,  im NOT an artist. i sing in a band and i make music with my friends."    
「ところで、オレはアーティストなんかじゃない。バンドで歌って、友達と音楽作ってるだけだ」
27 Sep "The thing about idiots is that they don't know they're idiots. Which is why it's so easy for me to sleep at night."  
「バカについて言えるのは、バカには自分がバカだってことがわからないってことだ。だから、オレは夜、すぐ眠れるんだ」

先日、久しぶりにツイートが入ってきたな、と思ったら、連続ツイートで、しかもなんだか元気が無いご様子。
Feb. 26, 2014   "So crazy. Every time I hear @blakeshelton talk on the show, I'm just amazed by his wisdom. I would choose him as my coach." "These sneak peaks*really show off how ridiculous I am as a person…" "Every time I lose an artist to another coach on The Voice, I pick up People Magazine to remind myself I'm sexier than they are." "I actually have the audio recording of the Voice audience yelling "ADAM" and it plays on loop in my house 24/7"  "Did ya'll see me roll on the floor after I won that?!?!?! I'm so crazy… but seriously, I'm crazy." 
(「ああ、ダメだ。ブレイク・シェルトンがこの番組で話すのを聞くと、いつも、ブレイクの賢さにびっくりするんだ。オレだったら、コーチにブレイクを選ぶ」「こういう本音って、自分が人間として、どれだけバカかってことを、さらしてしまう・・・」「『ヴォイス』で別のコーチに負けるといつも、雑誌『ピープル』を手に取って、やつらよりもオレの方がセクシーだっただろ、って自分に言い聞かせるんだ」「『ヴォイス』のお客さんたちが『アダム!』ってかけ声をかけてくれてる録音テープだって持ってる。家では、それを年中無休でエンドレスで、かけてるよ」「勝った時は、床を転げまわってしまうのは、みんな見て知ってるだろ?おかしいよな。・・・いや、マジで、オレはおかしい」
ブレイク・シェルトンを尊敬して、自分はダメだと落ち込んで、そして、気を取り直すために、「もっともセクシーな男性」に選ばれた『ピープル』を手に取って・・・。スケールの差こそあれ、自信(の無さ)、自負と自己嫌悪の渦巻く、あの複雑な嫌な気持ち、誰しも経験があるところではないでしょうか。しかし、何もそこまで、正直に自己開示しなくてもよさそうなものなのに、そのままツイートしてしまうあたり、なんともアダムらしい。あるがままの自分を、まずは、自分で受け止める。その上で、まるごと等身大で体当たりしてくる。そんな彼の在り方が、アダム・レヴィ―ンの一番の魅力なのかもしれません。

引用 Adam Levine's twitter account: 

2014年2月14日金曜日

フランクルの「愛するということ」の定義

先日、高校生の息子が、英語の宿題の長文読解の問題を解いていました。それは、著書、『夜と霧』で、アウシュビッツの強制収容所での体験を描いた、オーストリアの心理学者、ヴィクトール・ランクルについて書かれた文章でした。

「寒い冬の日に、他の囚人たちと歩かされ続けていたヴィクトールは、気力と体力の限界に、思わずその場に崩れ落ちてしまう。もはや、これまでか、と思った瞬間、彼の意識は未来へ飛んで、聴衆に『私は再び立って歩き始めた』と語る自分の姿を思い描いていた。結局彼は、生き延びて、自分が想像した通り、何千人もの観衆の前で、収容所での経験を語る機会に恵まれるのである」、という内容でした。(前回投稿したブルース・スプリングスティーンのインタビューを思い出します。)



こういうのをシンクロニシティというのでしょうか。ちょうど同じ頃、ツイッターで、やはりフランクルの書いたエッセイを紹介する記事が流れてきました。あ、フランクル?と目に留まったのは、言うまでもありません。バレンタインデーではありますし、その記事の中から、フランクルの「愛するということ」の定義を。

"Love is the only way to grasp another human being in the innermost core of his personality.  No one can become fully aware of the very essence of another human being unless he loves him.  By his love he is enabled to see the essential traits and features in the beloved person; and even more, he sees that which is potential in him, which is not yet actualized but yet ought to be actualized.  Furthermore, by his love, the loving person enables the beloved person to actualize these potentialities.  By making him aware of what he can be and of what he should become, he makes these potentialities come true."                                   
(人を愛するということは、自分とは別の人間を、その人の人格の最も深い芯のところで理解する、 唯一の方法である。その人を愛さない限り、自分ではない人間の、まさにその本質を完全に見出すことなど、誰にもできない。愛するからこそ、その人だけが持つ性質や特徴がわかるようになるのである。そしてさらに、その人の中に眠っている、まだ実現していないけれど、 いずれは実現する、そんな可能性までもが見えてくる。しかも、愛することで、相手の可能性が開花するのを援助できる。その人は、自分がどうなるか、どうなるべきかに気づいて、自分の可能性を実現していくのである。)

フランクルの愛の定義を、いきなり卑近な話にもっていってしまって申し訳ないのですが、ファンというのはすべからくこういうものかもしれません。ある対象にひきつけられて、「これはすごい」と思う。何度も何度もそこに向きあって、どこがどうすごいのか考える。この素晴らしさを他の人にも知らせたい。きっともっとたくさんの人が、このすごさをわかってくれるはずだと思う。そこで描かれるビジョンに応えるような形で、才能は大きく開花していく・・・。

そもそも人は、なぜ、愛する人を理解したいと思うのでしょうか。他の誰よりも、愛する人のことを深く間違いなく理解したい、という思いをもってしまうのでしょうか。

もしかすると、誰かを愛してその人を理解しようと試行錯誤するプロセスは、自分を理解して、自分がこの人生で何をすべきかを考えるために、必要なことなのかもしれない、と思ったりします。私たちは自分以外なら、誰もの姿をこの目で見ることができるのに、自分の姿だけは、鏡がないと見ることができないように宿命づけられています。それと同じように、相応の誰かの力を借りて映し出さなくては、自分の内面をのぞきこむことはできないのかもしれません。そう考えると、愛する人を理解しようとすることは、そのまま、自分にとっても、内面の死活問題であるのは間違いなく、愛する人を理解したいと切望して、右往左往している時のあの切迫した気持ちにも、合点がいくように思います。

"Love goes very far beyond the physical person of the beloved.  It finds its deepest meaning in his spiritual being, his inner self.  Whether or not he is actually present, whether or not he is still alive at all, ceases somehow  to be of importance."                                                                            
(愛は愛する人の実体をはるかに超える。その人の内側の、「魂」という存在に、愛のもっとも深い意味はある。そう考えると目の前にその人がいるかいないか、まだ生きているかいないか、というようなことさえ、意味を持たなくなってくるのだ。) 

2014年2月1日土曜日

ブルース・スプリングスティーンのインタビューから

先日、ツイッター上に流れてきた言葉に、ふと目がとまりました。
興味を引かれるままにリンクを辿っていくと、それは、米国の公共ラジオNPRで1月15日付
取り上げられていた、ブルース・スプリングスティーンのインタビューからの言葉でした。 



Ann Powers: 
I love the dream aspect of what you do. And I'm wondering if you can talk about the role of what dream and fantasy play in what you do. 
(されているお仕事に、「夢」のような側面があるのが好きです。作品の中で夢や想像がどんな役割を果たしているか、教えていただけませんか。)  
Bruce Springsteen: 
It's everything, of course.  I mean, that's all we're doing, really, we're living in the world but it's all sort of dreams and it's all illusion. It's theater; it's not real. We're making up stories, you know, and people tend to run into you and believe you are your characters.  And I suppose the funny thing is the longer you go, you do become sort of some version of them.  You both diverge from them, you know, you live, but you also permanently inhabit that geography and that mental space and so you do morph a little bit. We do become what we imagine. 
(それが全てなんだよ。当然だよ。というか、僕たちがやってることはそれだけだよ、本当に。僕たちはこの世界に生きているんだけど、この世界はすべて夢みたいなもので、すべては幻想なんだ。ドラマであって、現実ではない。僕たちは物語を作っているだろう?そして、みんなはその中にこちらの姿をみてしまう。そして、僕たちのことを、こちらが設定した登場人物そのものだと信じてしまうんだ。そして、おもしろいと思うのは、ずっと、そんなことを続けていると、なんとなく、その中の誰かに本当になってしまうってことだよ。本当の自分も虚構の自分も、どちらもそこから派生したものになるんだ。自分の人生を生きている。その一方で、別の地平、しかもそれは(実体のない)精神的なもの、そういう空間に、永遠に存在することになってしまって、さらにそのことが、自分自身を少し変えてしまう。僕たちは、自分が想像するものになるんだ。)
作家や漫画家、作詞家など、創作に携わる方々が、「作品の登場人物はフィクションであって、
自分の人格とは違うのだ」と弁明されるのを、これまでに、幾度となく目に(耳に)したことが
あります。しかし、このブルース・スプリングスティーンの「自分の作りあげたフィクションの世界に、
やがて自分が影響を受けてしまう」という見方。これはなかなかおもしろい。創作が産み落と
された時には、単に虚構であったものが、時の洗礼を受けることで、図らずも自分自身の実在に
働きかけるようになる。

最近、巷でサッカーの本田圭佑選手の、小学校時代の卒業文集が話題になっていると
聞きました。「世界一のサッカー選手になる。」「セリエAに入団します。レギュラーになって、
10番で活躍します」と書いていたそうで、前人未踏の、おとぎ話のような少年の夢が、15年
という時を経て、まさに実現してしまう。この驚愕の事実を思うと、"We do become what we
imagine."(「僕たちは自分が想像するものになるんだ。」)と語ったブルース・スプリングスティーン
の言葉が、にわかに現実味を帯びてくるように思いました。



2014年1月17日金曜日

主観と客観

目の前のこの人の弁解を聞く。同じように、にっちもさっちもいかなくなった、あの時の記憶が蘇って、この人の弁解は私の弁解にすり替わる。

これは私の個人的な考えで一般的には違うのかもしれない、がたくさん集まったのが一般論。

悲しみで胸が一杯になって、涙があふれる。その自分を静かに眺める、もう一人の自分がいる。

この言葉は、私が言うはずの言葉だったか、その人が言うはずの言葉だったか。私がその人に言って欲しかった言葉だったか。その人が私に言わせようとした言葉だったか。

私があなたを見る。私が私を見る。あなたが私を見る。あなたが私を見る。
「あなたが私を見る」は「私があなたを見る。」


"Between subjective and objective there is no vital difference. Everything is illusive and more or less transparent. All phenomena, including man and his thoughts about himself, are nothing more than a movable, changeable alphabet. There are no solid facts to get hold of."
主観と客観に決定的な違いはない。すべては錯覚で、どちらに転んだところで似たようなものだ。あらゆる現象は 、人とその人の思想にしても、 置き換え可能、変更可能なアルファベットにすぎない。固執すべき厳然たる事実などないのだ。)


 Henry Miller (1960)  The Wisdom of the Heart  New Directions

The quoted part and the book above are introduced in:                                                                     "brainpickings" http://www.brainpickings.org/index.php/2012/11/30/henry-miller-reflections-on-writing/