2015年11月7日土曜日

「美しさ」をなめてはいけない

 例えば新聞に、美しい女性の写真があれば、なんとなくその記事には目を通してしまいます。そんな時、美人の、といおうか、美しいものの力は強い、と感じ入ってしまいます。自分自身についてはもちろん、自分の身の周りのものから衣食住にいたる、生活のあらゆる場面で、美しさを求めてしまうのは、一体なぜなのでしょうか。
 Theaster Gates(シアスター・ゲイツ)はシカゴ在住の陶芸家なのですが、自分の住む荒れた地域の、住人から見捨てられた廃屋を文化施設に作り替え、そこを拠点として見事地域の活気を取り戻した取組みを、TED で語っています。スピーチももちろんすばらしいのですが、その後の司会者とのやり取りで、大変心に残る言葉を耳にしました。


"June Cohen: That makes so much sense. One more question: You make such a compelling case for beauty and the importance of beauty and the arts. There would be others who would argue that funds would be better spent on basic services for the disadvantaged. How do you combat that viewpoint, or come against it?" 
(ジューン・コーヘン:「それは納得ですね。もう一つ。あなたのなさったことは、美しさとか、美やアートの重要性という点で、非常に説得力がある事例だと思いますが、恵まれない人々には、もっと基本的な社会サービスに資金を使うべきではないかとおっしゃる人もおられることと思います。そのような考え方に対しては、どう反論されますか。」)

15:51"Theaster Gates: I believe that beauty is a basic service. (Applause) Often what I have found is that when there are resources that have not been made available to certain under-resourced cities or neighborhoods or communities, that sometimes culture is the thing that helps to ignite, and that I can't do everything,but I think that there's a way in which if you can start with culture and get people kind of reinvested in their place, other kinds of adjacent amenities start to grow, and then people can make a demand that's a poetic demand, and the political demands that are necessary to wake up our cities, they also become very poetic." 
(シアスター・ゲイツ:「美しさというのは、基本的な社会サービスである。私はそう信じています。私がこれまでに目にしてきたのは、それまで資金不足だった都市や地域が資金に恵まれた時に、文化的なものこそが火付け役になるという例です。私の方で全て何もかもできるわけではない、でも、文化的なことから始めると、それが地域の人々からその場所への再投資を促し、また何か別の関連したものが育つようになる。さらにそこから、ある種の要求が生まれてくるようになるのです。それは詩的な要求です。たとえ、町を蘇らせるのに必要な政治的な要求であったとしても、やはりそれは大変詩的なものになっていくのです。」)
一つ思うのは、「美しさ」とはリスク回避を可能にする手段なのではないか、ということです。明るい顔色、引き締まった体躯。肉体の美しさは健康ということとほとんど同義であって、健康は病気などのリスクを回避している状態に他なりません。所作についても、乱暴だったり、横着だったりするような振る舞いは、往々にしてバランスが悪く、ぶつけたり転んだり、ちょっとした事故につながりやすいものだと思います。美しい所作というのは、安定していて見ている方にも安心感がある。身だしなみが整っていないと、外に出るのも人に会うのも億劫になるし、住環境が乱れているのは、けがをしたり、生活そのものが混乱する原因となりそうです。健康に気を付け、お行儀よく、身なりを美しく整えて、掃除をしてきれいに暮らす。これって、お母さんやおばあさんが、耳にタコができるくらいしつこく家庭で言い聞かせていることではないでしょうか。それが結局、効率よく生活を回していく上で、何よりも必要な基本条件以外の何ものでもない、ということなのでしょう。
 本来私たちの肉体は、とても壊れやすいものだと思います。もしも、この体が、人為的に作られているものだったとしたら、きっとものすごく高価な、取扱い注意の精密機械に違いない。きちんと手入れをして、もっと慎重に、もっと丁寧に、扱ってやらなくてはだめなんだと思います。私たちの住む世界だって、意外に脆弱で、一歩間違えば、すぐに悪循環で回り始めてしまうリスクを抱えているものだと思う。この微妙な仕組みの中で生きていくにあたって、「美しさ」を志向するということが、健全な循環に留まり続けるための、何かの指標になっている。そんな気がします。「美しさ」をなめてはいけない。そして、同時に「過ぎたるはまた、及ばざるがごとし」で、美しさが目的になってしまって、それだけを追求するようになるのも、それはそれで間違ったことだと思います。
The quoted part is from:
TED "How to revive a neighborhood: with imagination, beauty and art" by Theaster Gateshttp://www.ted.com/talks/theaster_gates_how_to_revive_a_neighborhood_with_imagination_beauty_and_art/transcript?language=en#t-877485