2016年4月18日月曜日

外国語の海を渡る―ジュンパ・ラヒリのインタビュ-から―


ジュンパ・ラヒリが、ニューヨーク公共図書館 NYPLのポッドキャストのインタビューで、外国語について語っているのを耳にしました。Jumpa Lahiri(ジュンパ・ラヒリ)はロンドン生まれ、アメリカ育ち、インド系アメリカ人の作家です。第一作目の短編集"Interpreter of Maladies "(『病気の通訳』、日本語版の本のタイトル『停電の夜に』は、別の短編、A Temporary Matter"から取られたもの)は、日本では新潮クレストブックからだけでなく、新潮文庫からも出版されており、この作品で、ピューリッツァー・フィクション賞を受賞しています。

彼女は40代になって、自分の(特に言語的な)アイデンティティについて疑問をもつようになり、イタリア語を学び、それだけでなく、イタリアに渡ってローマで生活することにしたそうで、このインタビューで、イタリア語を習得することについて述べています。
"In a sense, language is the most intimate relationship of ours lives, at least, I think, for me. That is not to say I don't love deeply people and have profound relationships with them. But I think language is so much more powerful than we are, so to have a relationship with language is a very profound thing. To seek another language is so powerful and so humbling."
(ある意味、言語は、私たちの人生で最も親密な「関わり」だと思います。少なくとも私にとっては。人を深く愛していないとか、彼らと心からの関わりを持っていないとか、言っているわけではありません。でも、私は思うのですが、言語というのは、我々人間よりももっとずっと力強いものなので、言語と関わりを持つのは、ものすごく深いことなのです。二つ目の言語を追うのは、とても影響力が強く、自分に足りないものに気づかされる経験です。)


ローマでのある日、友人の家族と小型船での船旅を楽しむことになった時に、随行してもらった船長さんに、こう言われたのだそうです。
“Well, there’s one thing you have to know which is we don’t belong here, we are human beings and we don’t belong on the water and it’s dangerous and it can kill us and it’s not where we’re supposed to be and you have to know this and you have to respect that and you have to respect the sea, because it’s so much powerful than we are, and it really doesn’t like us, and yet we love it and we’re going to sail and we’re going to have a great week,” and we did. You know, and he said it in a much more profound, beautiful way (laughter) than I am, but I was really struck by what he said because I think it’s true, and I immediately thought of my relationship to Italian and I thought, “That’s Italian for me, I’m sailing through this language and it’s dangerous and I don’t belong in it and yet it’s this sort of sublime experience for me.”
(「さて、1つ知っておいてもらわないといけないことなんですが、それは、ここは本来の居場所ではない、ということです。ここ水の上は、我々人間の生きる場所ではないんですよ。だから、危険だし、死んでしまうことだってある。ここはいるはずのところではない、ってことをよく知っておかなくてはならないし、また、それを重く受け止めておかなくてはならないんです。海に敬意を払わなくては。随分大きく力を持っている相手で、しかも、本当のところ、こっちは疎まれているんだから。でも、こっちは愛してやまないから、出帆するし、間違いなく素晴らしい1週間になるはずですよ。」その通りでした。船長は、私なんかよりももっとずっと深くて、美しい言い方でそう言ったのです。私はもう、その言葉に衝撃を受けてしまって。だって、本当にそうだと思ったんです。そして、すぐに、私とイタリア語のことを思いました。「それって、私にとってのイタリア語だ。私はこの言語の海を渡っているところなんだ。危険だし、そこが自分の居場所ではない。でも、同じように素晴らしい体験なんだ、と。」)
ジュンパ・ラヒリのような母語に対する不安は、いささかも感じたことはありませんが、それでも、私も言語の海を渡る人生を生きている。私の人生もそういう人生であるのだ、と感慨深く思います。もちろん彼女のようなスケールの大きな人生ではなく、私の人生は、地球の片隅で、そっと生きている小さな人生ではありますが、でも、外国語の海が、自分の本来の場所の外側で、命が奪われてもおかしくないような危険な領域であることに、変わりはないはず。そして・・・、「こっちは疎まれて」いたのか、やっぱり。なんだかそれも納得。どうりでなかなか習得できないわけだ。それはそれで仕方がない。でも、この海が、違った視点で見る目を与えてくれ、力強い美しい言葉で鼓舞してくれ、様々な出会いをもたらして、この小さな人生を豊かなものにしてくれているのは間違いない。言葉に関わる人生で本当によかった。これからも、外国語の海の大きさを決して忘れないよう、敬意を払いつつ、しっかりと生きていきたいと思います。

The quoted part is from; The New York Public Library.
Podcast #102: Jhumpa Lahiri on Language and Disorderby Tracy O'Neill, Social Media Curator http://www.nypl.org/blog/2016/03/08/podcast-jhumpa-lahiri