2015年8月30日日曜日

規律(discipline) が窮地を救ってくれる-アンナ・ディーバー・スミス(Anna Deavere Smith)の言葉から-

つらい状況、というのが時として訪れてきますね?例えば、あり得ないミスをしでかしてしまう。人からの信用を無くしそうになる。批判を受ける。よかれと思ってやったことが裏目に出る。自分には無理だと思えることに取り組まなくてはならない。誰からの援助も受けられない。大切な人を失くしてしまう・・・。そんなつらい状況をどうやって乗り切りますか?

私の場合は、まずはとりあえず、深呼吸です。それから、いつもの動作をあえて丁寧にするようにします。文字を書く、とか、野菜を切る、とか、脱いだ洋服をたたむ、とかそういったことを、いつもよりも丁寧にする。そして、その段階で自分に許されていることをカウントします。あれもできる、これもできる、なんだ普通になんでもできるじゃないか、大丈夫!と自分で確認します。

村上春樹氏は、『村上さんのところ』の中で、読者からの「批判や中傷をどうやり過ごすか」という質問に対して、「・・・規則正しく生活し、規則正しく仕事をしていると、たいていのものごとはやり過ごすことができます。」と答えておられます。「・・・好かれても嫌われても、敬われても馬鹿にされても、規則正しさがすべてをうまく平準化していってくれます。(中略)朝は早起きして仕事をし、適度な運動をし、良い音楽を聴き、たくさん野菜を食べます。」ということです。

いつもお世話になっているブログ、Brain Pickings の中でも、女優のアンナ・ディーバー・スミス(Anna Deavere Smith)の著書からの言葉が紹介されていました。これは、アーティストとして生きる人へ贈るアドバイスをまとめた本なのだそうです。画家、作家、ミュージシャン、デザイナー、など、アーティストと呼ばれる方々の人生は、常にクリエイティビティを発揮することが求められ、そのことで生計をたてていくという人生は、おそらく大変厳しいものではないか、と想像します。もちろん、作品が完成して不特定多数の人々に受け入れられたときの歓びは、何ものにも代えられないものなのでしょうが。

     

"We are on the fringe, and we don’t get such licenses. There are prizes and rewards, popularity and good or bad press. But you have to be your own judge. That, in and of itself, takes discipline, and clarity, and objectivity. Given the fact that we are not “credentialed” by any institution that even pretends to be objective, it is harder to make our guild. True, some schools and universities give a degree for a course of study. But that’s a business transaction and ultimately not enough to make you an “artist.”"
(アーティストは違います。我々にはそんな免許なんかはない。賞やご褒美を受けたり、人気があったり、評価されたりはします。でも、良いか悪いかの判断は自分でしなくてはなりません。そのためには、本当の意味で、規律がなくてはならないし、明確さと客観性がなくてはなりません。せめてなんとか客観的であると装っている何かの団体があるとして、そういう団体からもお墨付きをもらうことはできません。その事実を考慮すると、組合を組織するということだってなおのこと難しい。確かに、ある種の学校や大学は、学べばそれに対して学位を与えています。でも、それは単なるビジネスの上の話であって、つきつめると、そのくらいのことで、誰かを「アーティスト」とみなすわけにはいきません。) 
"Be more than ready. Be present in your discipline. Remember your gift. Be grateful for your gift and treat it like a gift. Cherish it, take care of it, and pass it on. Use your time to bathe yourself in that gift. Move your hand across the canvas. Go to museums. Make this into an obsession…
What you are will show, ultimately. Start now, every day, becoming, in your actions, your regular actions, what you would like to become in the bigger scheme of things."
(準備を怠らないようにしてください。けじめを持って生きるのです。あなたには神から与えられた才能があることを思い出してください。その才能に感謝して、それを贈り物のように扱ってください。大切に、手をかけて後に伝えていくのです。あなたの人生を、その才能に浸ることに使ってください。キャンバスの上で実際に手を動かして。美術館に足を運んで。それが癖になるように。
最後には、あなたらしさが現れてくるでしょう。今すぐに始めてください。毎日そうするのです。そうして、いつもそうやっていると、より大きなスケールの中で、あなたが目指すものになれるはずです。)
規律(discipline) ということや規則正しい生活を丁寧にこなしていくことが、とにかく大切だという話、とてもよくわかる気がします。 つらい状況で、頭の中がそのことで一杯になって、気持ちが不安定になって、何だか浮き足立ってしまうような時に、淡々と続く毎日の生活のあれこれが、自分という存在を人生そのものにしっかりとつないでくれる碇(いかり)のような機能を果たしてくれるからなのかもしれません。或は、日々の営みは誰にとっても基本であって、それを大切にするということは、自分自身を大切にするということに他ならない、ということなのかもしれません。同じことの繰り返しが退屈な人生の象徴のように語られることもありますが、けしてそうではない。その繰り返しこそが自分を育んでくれる素地となっているに違いない。そう思いました。
村上春樹(2015)『村上さんのところ』新潮社