ラベル 仕事 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 仕事 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015年6月6日土曜日

キャサリン・アン・ポーターの言葉から、就職について考える

                                     
キャサリン・アン・ポーター(Katherine Anne Porter)は、1890年に生まれ、すでに1980年に90歳で亡くなったアメリカのジャーナリストです。ピューリッツァー賞も受賞しています。この人の言葉がThe Paris Review のツイートで、ある日流れてきたのですが、その言葉が、本当にその通りだと思えて、しばし立ち止ってしまいました。

                                     
"All this time I was writing, writing no matter what else I was doing; no matter what I thought I was doing, in fact. I was living almost as instinctively as a little animal, but I realize now that all that time a part of me was getting ready to be an artist. That my mind was working even when I didn’t know it, and didn’t care if it was working or not. It is my firm belief that all our lives we are preparing to be somebody or something, even if we don’t do it consciously. And the time comes one morning when you wake up and find that you have become irrevocably what you were preparing all this time to be. Lord, that could be a sticky moment, if you had been doing the wrong things, something against your grain. And, mind you, I know that can happen. I have no patience with this dreadful idea that whatever you have in you has to come out, that you can’t suppress true talent. People can be destroyed; they can be bent, distorted and completely crippled. To say that you can’t destroy yourself is just as foolish as to say of a young man killed in war at twenty-one or twenty-two that that was his fate, that he wasn’t going to have anything anyhow."
(その間も、私は書いていました。どんなに他のことをやっていたとしても、何を考えていたとしても、やはり書いていました。何かの小動物のようにほとんど本能的に生きていたんですが、今思うと、あの頃、自分の中のどこかでアーティストになるために、着々と準備を整えていたのだと思います。そんなこと知らなかった時でも、私の心は動いていたのです。動いていようがいまいが、気にもしてなかったのに。これは、私の確固たる信念なのですが、私たちは皆、一生をかけて、何者かになるための、何かを成し遂げるための準備をしているのだと思うのです。たとえ、そう意識していなかったとしても。そして、ある朝その時が来て、目覚めると、自分がずっと準備をしてきたものになっていて、もう後戻りはできないとわかるのです。ああ、もしも間違って、自分の性質に合っていないことをしていたとすると、それは嫌な瞬間になるでしょうね。そして、言っておきますが、そういうことは起こりうるのです。私にはわかる。私はこの恐ろしい考えにがまんできないのです。自分の中にあるものは、それが何であれ、外に出て来なくてはいけないし、その本来の才能を押さえつけたりなんてできないのです。人は、損なわれることがある。捻じ曲げられたり、歪められたり、完全な自由をなくしたりする。自分自身を損なうなんてだめ、などというのは、若い男の子が戦争で21歳とか22歳とかで殺されて、何をどうやっても何も手に入れることはない、それがその子の運命だったのだ、などと言っているのと同じ。馬鹿げた話です。)
"I have a very firm belief that the life of no man can be explained in terms of his experiences, of what has happened to him, because in spite of all the poetry, all the philosophy to the contrary, we are not really masters of our fate. We don’t really direct our lives unaided and unobstructed. Our being is subject to all the chances of life. There are so many things we are capable of, that we could be or do. The potentialities are so great that we never, any of us, are more than one-fourth fulfilled. Except that there may be one powerful motivating force that simply carries you along, and I think that was true of me. . . . When I was a very little girl I wrote a letter to my sister saying I wanted glory. I don’t know quite what I meant by that now, but it was something different from fame or success or wealth. I know that I wanted to be a good writer, a good artist."
(私は、本当に信じているのです。誰の人生も、その人の経験とか、その人に起こったことで説明できるものではないのです。だって、あらゆる詩とか、逆にあらゆる哲学とかとは関係なく、私たちは自分の運命なんて、実際には支配できないのですから。何の助けも無い、あるいは、何の妨げも無い状態で、人生を進めていきはしない。私たちの存在は、人生のあらゆる偶然のなすがままなのです。でも、こうなろう、こうしようと思って、できることはたくさんあります。可能性はとても大きなもので、私たちは、誰一人として、その4分の1ほども達成できはしない。でも、例外的に、ただもうあなたを強引に運んで行ってしまうような、ものすごく強力に働きかけてくる力が、あるかもしれません。私の場合はありましたね。幼い少女だったころ、姉に手紙を書いたことがあるのです。私は栄光が欲しい、って。栄光だなんて、どういう意味か、今でもよくわからないのですが、それは、名声とか、成功とか、富とは違うような気がします。ただ、良いものが書ける良いアーティストになりたかった、そういうことだと思います。)
周りの若者は、皆、口を揃えて「将来の夢なんてない」「どんな仕事に就けばいいのかわからない」とそう言いますが、そりゃそうだよ、と思う。私は私の仕事しかしたことは無いけれど、辺りを見渡して他人の仕事の様子をみても、仕事というのは1つ1つがまるで違うような気がします。同じ職種であっても、従事する人がどんな思いをもって、どう取り組んでいるかによって違うし、共に働く人々がどんな人々かによっても違う。大きな組織か小さな組織か、順調に運んでいるのか、苦戦しているのかによっても全く違う。労働条件や待遇だって、個々人の価値観や人生観で、受け止め方は様々だと思います。仕事そのものに関わる要素と、仕事の環境に関わる要素と、自分自身に関わる要素と。この際、仕事そのものに関わる要素以外は、考えないことにして、といきたいところではありますが、そんなわけにはどうしてもいかない。三者は混然と一体化しており、切り離して考えたところで、そう意味はない。そんなありとあらゆるファクターを抱えた無数の仕事が世の中にはあって、自分の知らない、想像を超えた世界がそこに大きく広がっている。それを知らないままにどれか一つを選び取ろうとしなければならないのだから、そんなのそもそも無理な相談じゃないかという気がします。それでも、一応、職種を想定したり、自分の適性や生き方を考えて、そこに向かって何らかの準備を進めていく。そうしてようやく、ある仕事に辿り着くのです。

さらにいえば、それは、決してゴールなんかではない。仕事の中においても、私たちは、日々難問に直面し、それを解決し成長していきます。失敗に自信を喪失することもあれば、できなかったことができるようになって、新たなやりがいを見いだしたりすることもある。仕事に就いた後も、自分の適性や生きる意味を考えて、自分はここで何を成し遂げることができるだろうか、と自問しながら手探りで前に進んでいくのです。つまり、就職した後でさえも、自分は何かを探しているし、「仕事」は変化し続けていく。外から見れば、単に「営業」だったり、「公務員」だったり、「店員」だったりで、それらの人は、それぞれ皆同じことをやっているように見えるのかもしれないけれど、就職したばかりの時と、何十年か経ったベテランになった時では、自分の中では同じ仕事をやっているとは思えないほど、仕事に対する心構えも、実際の仕事内容も全然違う様相を呈してくるのです。

そう考えると、就職というのは、こういうことなのかな、と思います:

自分の性質にピンとくるような、自分が働いている姿が想像できるような仕事とは何か常にアンテナをはり、得意とするもの、または必要な(と思われる)ことを学んでおくなどの作業をしつつ、就職を斡旋してくれる人、先生や先輩、親戚の人、近所の人、その知り合いの人、などが運んでくる情報(就職口の話だけではありません。知り合いにこんな仕事をやっている人がいる、とか、あの人はこの仕事があの仕事につながって今、こんなことやっている、とかそういう情報も大きいのです)との運命的な出会いを求め、キャサリン・アン・ポーターの言うところの、「一生をかけて、何者かになるための、何かを成し遂げるための準備をする」機会を与えてもらうこと。

どうでしょうか。自分は自分の仕事しかやったことはないので、本当のところ、よくわからないのですが。

The quoted part is from:
Katherine Anne Porter, The Art of Fiction No. 29
Interviewed by Barbara Thompson in The Paris Review Davishttp://www.theparisreview.org/interviews/4569/the-art-of-fiction-no-29-katherine-anne-porter

2015年2月5日木曜日

「ときめき」の仕分けから成功は始まるーAlain de Botton(アラン・ド・ボトン)のTED talkからー

「ときめく」ものだけを残して後は処分すべし、ということを訴える整理整頓の本が、ベストセラーになっているようです。私も本を手にしてみました。この、「ときめく」もの、という考え方が実に興味深い。はじめは「ときめく」だなんてわかりづらそう、と思っていたのですが、実際やってみると、「ときめく」ものと、そうでないものは、不思議と区別できる。ハンカチでも、Tシャツでも、一棚分の本でも、iPodの中の音楽でも、分けようと思えば、それは分けられるものだとわかりました。また、「ときめく」ものを察知するアンテナは、かなり不安定なものらしく、ややもすると、すぐに受信障害を起こしてしまう、というのも発見です。例えば、もしかしたら使う時が来るかも、とか、でも、これは高かったから、とか、頂き物だから、とか、別の要素が介入してきて、「ときめき」がわからなくなってしまうのです。
"One of the interesting things about success is that we think we know what it means. A lot of the time our ideas about what it would mean to live successfully are not our own. They’re sucked in from other people. And we also suck in messages from everything from the television to advertising to marketing, etcetera. These are hugely powerful forces that define what we want and how we view ourselves. What I want to argue for is not that we should give up on our ideas of success, but that we should make sure that they are our own. We should focus in on our ideas and make sure that we own them, that we’re truly the authors of our own ambitions. "
(「成功」にはいろいろな面白い面があるのですが、その一つに、私たちが、それが何たるかを知っていると思っている、ということがあります。しかし、多くの場合、私たちが成功した人生とはこういうものだと思っているのは、自分で考えた成功ではない。他の人の考えを取ってきたものだったりします。または、テレビや広告などありとあらゆるものからのメッセージから受け取ったものもある。こういうものは、すさまじい力を持っていて、私たちが何を望めばいいのか、自分をどう評価すればいいのかを、決めつけてしまうのです。私がここで言いたいのは、では、成功について自分で考えるのをあきらめよう、ということではなくて、それが本当に自分にとって成功なのかということを自問しよう、ということです。自分の考えに集中して、それが自分にとっての成功であるのか、本当に自分の望む野心なのか、を自問すべきなのです。)


brainpicking で 哲学者のアラン・ド・ボトン(Alain de Botton)のTED talkが紹介されているのを目にしたとき、まず、連想したのが、前述の「ときめき」による仕分け、でした。哲学者の語る成功が、整理整頓と結びついてしまうのが意外に思えますが、人生は大なり小なり取捨選択の連続なので、いらないものを処分することを避けて通れない整理整頓が、人生の一大事と重なるのも、当然といえば当然なのかもしれません。

これは私に「ときめき」を与えてくれるものだろうか?と、自分の心の奥の方をのぞきこんで、じっと耳を澄ませてみる。ああ、これを目にすると、手にすると、耳にすると、「私」が悦ぶ。「ときめく」ものでいっぱいの場所は、自分らしくて心から満足できる。そして、それは、まず間違いなく、他の誰かの「ときめく」ものとは違っていて、同じものを選ぶ人は、他に2人といないはずだと確信できます。

自分が「ときめく」ことにこそ、自分の人生にとって意味がある。それなのに、私たちのアンテナは、メディアに取り上げられるもの、他の人からの評価が高いものが、つい、自分の望んでいるものだったかのように思えてしまったりと、ここでもぶれてしまいがちです。『富』『名声』『難関大学』『狭き門』『競争率の高い就職先』『勝ち組』『ステイタス』『ブランド』『人気者』・・・こういった言葉で表される世界は、「一般に」良いとされていて、それを手にすれば幸せになれる、ということが通念となっています。しかし、アラン・ド・ボトンはそこにまず疑念を持つことが、成功への第一歩だと言っているわけです。それは本当にその通りで、例えば、努力の結果、見事この言葉の世界へ足を踏み入れることができたとします。その瞬間は最高の喜びを感じるはずですが、多くの場合、それがゴールというわけではない。私たちは、その後、ずっとその世界を生きていかなくてはならなくなるのです。一瞬のゴールではなくずっと続くものだとすると、また、続けていく努力をしなければならないものだとすると、そこが自分が「ときめく」場所でないと、本当に辛いのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

そうやって考えてみれば、整理整頓も侮れない。安定して「ときめき」を受信できるように、怠りなくアンテナの精度を上げておきたいものだと思いました。

2015年1月1日木曜日

アニー・ディラードとスケジュールについて


スケジュール帳を使っています。A6サイズで水色の表紙。月の予定が一覧できるページと、1週間が見開きで、毎日のスケジュールを縦の時間軸で書き込みができるページの両方があります。毎週、毎日のはじめに月の予定のページから、今週の予定を確認して、時間軸の欄に赤字で書き込んでおきます。周りの空欄に、その週にしなくてはならないことを書きだしておきます。(毎日どんどん増えていきます)赤字の予定以外の時間は、自分の自由になる時間なので、その部分に、しなくてはいけないことを優先順位を考えながら、入れていきます。実際に仕事を仕上げるのに、どのくらい時間がかかったかもメモします。(後日同じ仕事をする時に計画が立てやすくなるし、途中で別の作業を始めたりしてしまうことが避けられます)そして、to-do-listの中の終わった仕事は、二重線で消していきます。なるべく短い時間で、最大の効果をあげたいと、いつもスケジュールとにらめっこしていて、この水色のスケジュール帳が無ければ、全く仕事ができないだろう、と思います。


"How we spend our days is, of course, how we spend our lives. What we do with this hour, and that one, is what we are doing. A schedule defends from chaos and whim. It is a net for catching days. It is a scaffolding on which a worker can stand and labor with both hands at sections of time. A schedule is a mock-up of reason and order—willed, faked, and so brought into being; it is a peace and a haven set into the wreck of time; it is a lifeboat on which you find yourself, decades later, still living. Each day is the same, so you remember the series afterward as a blurred and powerful pattern."
(毎日をどう過ごすかは、もちろん、人生をどう過ごすかということになります。この時間、次の時間をどうするかが、自分が取り組んでいることなのです。スケジュールを立てると、混乱したり思い付きで行動したりするのを防げます。スケジュールは1日を逃がさないようにする「網」になるというわけです。働いている人にとってはよって立つ足場であり、時間ごとに手いっぱいでこなさなくてはならない仕事でもあります。スケジュールとは、なぜそれをするのか、そして、何を優先するかについての雛形のようなもので、そうしようとする意志はあるのに、その通りにはいかない、また、だからこそ実現を可能にしてくれるのです。混乱してどうにもならなくなった時間に、秩序と安心をもたらしてくれるもの。その救命ボートに乗っていれば、何十年か後に、自分がまだ生きていることに気づくことでしょう。毎日同じように過ごしていても、後になって、ぼんやりした、でも同時に力強いパターンとして、一連の日々を思い出すことになるのです。)
これは、brainpickings(http://www.brainpickings.org)で紹介されていた、アニー・ディラードという女性作家が書かれた文章です。一般ノンフィクション部門で、ピューリッツァー賞も受賞された方だということです。これまで存じ上げず、作品も読んだことはなかったのですが、この方の、スケジュール、ということへの考え方に共感が持てる、と思いました。

一度にたくさんのことをこなさなくてはならなくなった時、自信の持てないことに取り組まなくてはいけなくなった時などに、まず、一度、やるべきことを書き出してみて、優先順位をつけたりして、頭の中を整理することができると、それだけで、心の負担が軽くなるような気がします。また、やらなくてはならないことはもちろん、自分の「やりたいこと」や「将来こうありたい。そのために必要なこと」もリストにして、やらなくてはならないことの中に加えてみます。そうすると、二重線で消していく、その先の未来には、自分の夢見る自分の姿があるようで、なんだか楽しくなるような気がしてきます。

2015年のスケジュール帳はどんなことが書き込まれるのでしょうか。いろんなことを書き込みたくなるような、充実した1年になるといいな、と思っています。

どうぞ、良いお年を。

引用:The quoted part is from:
How We Spend Our Days Is How We Spend Our Lives: Annie Dillard on Presence Over Productivity http://www.brainpickings.org/2013/06/07/annie-dillard-the-writing-life-1/?utm_content=buffer18b9b&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer

2014年3月17日月曜日

普通の人々

自分の生活が、一遍の映画だったらどうだろう?よくそんなことを考えます。自分の生活なので、主人公はもちろん自分です。通勤のシーンにはどの音楽が一番合うだろうか。春はこの公園の桜並木を散歩するシーンが欲しい。何か大変な問題でも浮上すれば、今、映画はヤマ場に差し掛かっている、と思います。たまに、意地悪なことを考えたり、失言してしまった時には、あーあ、こんなこと言う人は、本当の映画だったら脇役にしかいないな。自分の映画なのに脇役になっちゃったよ、などと思ったりしてしまいます。

実際の映画を考えてみると、出演するのは、全く「普通」ではない、美しく魅力的な俳優の方々なのに、彼らが演じている役割は、多くの場合、私たち「普通の人々」だったりします
。それも、なんだかおかしな気がしますが、結局、普通の人の普通の生活にこそ、大いなるドラマがあるということなのでしょうか。

先日、ツイッターで流れてきた、この写真。NPRのAll Things Considered というニュース番組のディレクターの方だということで、マスコミのお仕事とはいえ裏方の「普通の人」なのですが、この方の様子を見ると、まさに映画のワンシーンを観ているようです。

     Hi everybody, my name is Monika Evstatieva and I am the director of All Things Considered. That simply means I get to conduct the live broadcast from the control room and also pick all the music you hear on the program during All Things Considered.
I select roughly 30 music pieces every day that we call collectively bumper music. Every day I try to match the mood of the stories, making the music a seamless part of the program. It is a tricky business, because I don’t want to make you overly sad, even when our reports are a bit gloomy. Most of the time, I try to make you smile, play a little joke or make you groove.
"The Director’s Cut" is a playlist of songs I am particularly fond of…and I want you to have a chance to hear them for more than 10 seconds at a time. So…Enjoy.
You can listen to “The Director’s Cut” via Spotify and Rdio. 
"I select roughly 30 music pieces every day that we call collectively bumper music. Every day I try to match the mood of the stories, making the music a seamless part of the program. It is a tricky business, because I don’t want to make you overly sad, even when our reports are a bit gloomy. Most of the time, I try to make you smile, play a little joke or make you groove."
 「bumper music(番組の間に流すテーマ曲)とまとめて呼ぶ音楽を、毎日、ざっと30曲ほど選びます。音楽が番組の中の話題をうまくつないで、しかも、取り上げる話題の雰囲気に合うように、毎日、気を配ります。一筋縄でいかない仕事です。ちょっと気が滅入るようなレポートだったとしても、あまりに悲しくならないようにしたいから。ほとんどの場合、聴いている方ににっこりしてもらいたい。ちょっと冗談を言うような感じで、楽しい気持ちになっていただきたいと思いながら選んでいます。」

このディレクターの方のように、誠実で真摯な姿勢で、仕事だけでなく、人生全般のことに、思う存分向き合いたい。引きのアングルで捉えて美しい映像になるように、背筋を伸ばして、自分の映画の主役をはりたい。そう思います。

引用 The quoted part is found in: