Martha said to me, very quietly: “There is a vitality, a life force, an energy, a quickening that is translated through you into action, and because there is only one of you in all of time, this expression is unique. And if you block it, it will never exist through any other medium and it will be lost. The world will not have it. It is not your business to determine how good it is nor how valuable nor how it compares with other expressions. It is your business to keep it yours clearly and directly, to keep the channel open. You do not even have to believe in yourself or your work. You have to keep yourself open and aware to the urges that motivate you. Keep the channel open. As for you, Agnes, you have so far used about one-third of your talent.”
(マーサは私にこう言いました。とても穏やかな口調で。「活力、生命力、エネルギー、胎動、そういったものがあって、それが、あなたを通じて行動へと姿を変えます。「あなた」というのは、いついかなるときでも、唯一無二の存在なので、その表現も独自のものとなる。そして、もしもあなたがそれを阻めば、その表現が存在しうる手段は無くなり、それは、失われてしまう。世界にそれは存在しない、ということになってしまうのです。それが、どう優れているのか、価値があるのか、他の表現に匹敵するのか、など決めるのは、あなたではないのです。あなたにできるのは、ただ、あなたなりの表現というものを、そのままはっきりと自分のものとして保ち、外とのつながりに心を開いておくこと。自分自身や自分の仕事を信じる必要さえないのです。ただ、自分をオープンにして、あなたに力をくれる衝動に気付けばよい。外とのつながりに心を開いて。アグネス、あなたは、これまで才能の3分の1しか使っていないのです。」)
“But,” I said, “when I see my work I take for granted what other people value in it. I see only its ineptitude, inorganic flaws, and crudities. I am not pleased or satisfied.”
(「でも、自分の作品を見ると、他の人がどう思うかが当然気になります。私には、愚かで欠点だらけで、粗削りなものにしか見えない。うれしくもないし、満足もしていません」)
“No artist is pleased.”
(「アーティストは嬉しがったりしません」)
“But then there is no satisfaction?”
(では、満足感はないのですか?」)
“No satisfaction whatever at any time,” she cried out passionately. “There is only a queer divine dissatisfaction, a blessed unrest that keeps us marching and makes us more alive than the others.”
(「いつ何どきも満足感なんてありません。」マーサは一生懸命になって言いました。「いつも、奇妙な神様のお与えになる不満と、祝福してくださる不安があって、それが私たちをたえず前進させてくれるし、誰よりも生きていると実感させてくれるのです。」)
先人のおびただしい量の作品を、見て憧れて模倣して、その中から自分の心の琴線に触れるものが見出されていく。自分らしさを映しだすものがだんだん姿を現してくる。現実に私たちの目の前に、具体的な形で作品が差し出される前に、既に、アーティストの心のうちには、これから作り上げるものに対して確固たるイメージがあるし、ある一定の水準のようなものが想定されているのではないでしょうか。概念を具象化させるにあたって、その心の中のイメージに合わないものや、想定された水準に届かないものは、厳しく注意深く排除されていき、やがてそのアーティストだけが創り出すことのできる、作品たちが生まれてくる。
ミュージカル『オクラホマ!』が大きな成功を収めたにも関わらず、アグネスの心は満たされなかった、というエピソードから、アーティストは世間に作品が認められて、名声を得られることを、必ずしも目指しているのではない、ということを改めて思います。アーティスト達が、その筋の第一人者である一方、観衆のほとんどは素人なので、世間が評価するものとアーティストの目指すものが食い違うということは、よくあることだと思います。作り手側にしてみれば、いかに富や名声が得られようとも、自分のイメージに合わないものや、想定した水準以下のものを自分の作品として、世に送り出すわけにはいかない。そういうものなのでしょう。
そんなアグネスにマーサが与えた言葉は、つまるところ、評価というものに気を取られずに、自分の心の中にあるイメージを具現化することだけに集中するように、ということだったと思います。理屈抜きで自分を惹きつける、自分が憧れる自分なりの美しさを、目や耳で受け止められる形で、他者の前に差し出すこと。作品としてそれを創り出すアーティストはもちろんですが、アーティストとは呼ばれない私たちも、日々の生活の中で、有形無形の様々なものを生み出して生きているわけで、そのことを思えば、マーサの言葉は、誰の人生にも必要なことだと、言えるのかもしれません。
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